本日は、6月21日日曜日、今日は夏至です。昼が最も長い日になります。
夏至で思い出すのが、押戸石の丘(おしといしのおか)と言う巨石群があります。
この巨群石は人工的に配置された9組の列石遺構ですが、岩にシュメール文字(ペトログラフ、岩刻文字)が刻まれているパワースポットです。
シュメール文字が刻まれた鏡石には、蛇神とバアル神を表すペトログラフ文字があります。
蛇神は「ナーガ(インド神話に起源を持つ蛇神)」バアル神はカナンの地(中東一帯)で信仰された嵐、雨の神様です。
押戸石の丘は南小国町中原にありますが、中原(なかばる)と言う地名です。中(ナーガのナ)、原(バアルのバル)でなかばるです。
これは私たち九州のご先祖様が、今から7300年前、アカホヤの大噴火(鬼界カルデラの噴火)で九州は住めなくなり、ユーラシア大陸に出て行きました。その行き先は、西アジア、いわゆる中東の地です。
そこでメソポタミア文明を発展させていきますが、1番大事なのは日本の三大神勅の1つ、斎庭稲穂の神勅かあり、お米を持って行き、灌漑農業を発展させたのです。
斎庭稲穂の神勅とは、お米を育て、お米を祀り、お米を食べ、世界に広げなさいと言う天照大御神様から孫のニニギノミコトに与えられた使命の1つです。
お米を育てるには、絶対的に雨が必要です。その雨の神としてバアル神を祀ったのです。
私たち、九州のご先祖様はカナンの地で長年生活しますが、聖書の人たちからカナンの地を追い出されるのです。
そのきっかけとなるのが聖書にあるモロク(雄牛)とバアル神をすり替えるのです。
それが今一番問題になるイスラエルの地(本来はパレスチナの地です。)言うまでもなく、パレスチナの人たちは、九州に里帰りすることなく定住した九州人です。
長い年月をかけ、九州に段階的に里帰りしますが、そのバアル神の名残が九州は多いのです。
田原(たばる)、西原(にしばる)、新田原(にゅうたばる)原(はら)をバルと呼んでいるのです。
夏至に東から太陽が昇り、1番最初の岩、はさみ岩のハサミの間を太陽がさす方向が阿蘇の噴火口です。
これはアカホヤの大噴火の火の神様を鎮魂させる意味があります。
そして、巨石群が一直線に太陽の光が指す方向が熊本市金峰山の北側にある拝ヶ石巨石群です。
阿蘇山は北緯33度線上そして、カナンの地も北緯33度線上なのです。
太古は現代の万能な科学はなかったのですが、霊的意識体による超能力があったと私は考えます。
今、岩戸開きが始まろうとしていますが、地球を含めた宇宙との繋がりが一番大事な時期に来ております。