一霊四魂(いちれいしこん)とは、人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つ、という、幕末の神道家の本田親徳によって成立した本田霊学の特殊な霊魂観である。一霊四魂説のもっとも一般的な解釈は、神や人には荒魂(あらみたま)・和魂(にぎみたま)・幸魂(さきみたま、さちみたま)・奇魂(くしみたま)の四つの魂があり、それら四魂を直霊(なおひ)という一つの霊がコントロールしているというものである[1]。和魂は調和、荒魂は活動、奇魂は霊感、幸魂は幸福を担うとされる[1]。一般に、「一霊四魂」は古神道の霊魂観として説明されるが、実際には幕末以降に平田篤胤の弟子である本田親徳によって唱えられた特殊な概念であり、古典上の根拠は一切なく、明治以降に広められた特殊な霊魂観であり、神道辞典などには一霊四魂という名称さえ掲載されていない。各魂の名称は記紀などによるもので、『日本書紀』の「神功皇后摂政前紀」には新羅征討の際に神功皇后に「和魂は王身(みついで)に服(したが)ひて寿命(みいのち)を守らむ。荒魂は先鋒(さき)として師船(みいくさのふね)を導かむ」という神託があったとある[1]。また、神代には、大国主命のもとに「吾(あ)は是汝(これいまし)が幸魂奇魂なり」という神が現れ、三輪山に祀られたとある[1]。『古事記』では、神宮皇后が、「墨江大神(すみのえのおおかみ)の荒御魂」を国守神(くにもりのかみ)として新羅に祀ったとある[1]。だが、それらの記述には、神には四魂があるとはどこにも書いていない。ゆえに、それらは別個に活動することがあるとまではいえるが、四魂があるとは言えない。一霊四魂説は、本田親徳とその後継者たちの神学的な解釈から生み出されたとみることもできる。 なお本居宣長は、「出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかむよごと)」に、三輪山の神は大国主命の和魂だとあることなどを根拠に、魂には大きく荒魂と和魂の2種があり、和魂にはさらに幸魂と奇魂の働きがあるとしており、四魂としてまとめてみるようなことはしていない。近世になって、一霊四魂は本田霊学系の後継者によって、古神道の霊魂観として重視され、本田親徳や大本教の出口王仁三郎、また出口王仁三郎の弟子らによって[2]、構造や機能が詳述されていくこととなる。一霊四魂の構造荒魂には「勇」、和魂には「親」、幸魂には「愛」、奇魂には「智」というそれぞれの魂の機能があり、それらを、直霊がコントロールしている。簡単に言えば、勇は、前に進む力、親は、人と親しく交わる力、愛は、人を愛し育てる力、智は、物事を観察し分析し、悟る力である。これら4つの働きを、直霊がフィードバックし、良心のような働きをする。例えば、智の働きが行き過ぎると「あまり分析や評価ばかりしていると、人に嫌われるよ」という具合に反省を促す。つまり、この直霊は、「省みる」という機能を持っている。悪行を働くと、直霊は曲霊(まがひ)となり、四魂の働きは邪悪に転ぶとされる。遠い昔、偉い神様が、自分の霊を地上のすべてのものにわけ与え、心を創った。この、心の素になったのが一霊である。一霊は四つの魂によってできている。四つの魂とは、荒魂、和魂、奇魂、幸魂のことである。これらが正しく働いた一霊を直霊(なおひ)といい、自然の理に一致する。邪悪に汚れたものを曲霊(まがつひ)といい、自然の理に反する。荒魂は勇気、向上、前向きを司り、曲霊に転じれば、蛮勇、争い好きになる。和魂は親愛、優しさ、思いやりを司り、曲霊に転じれば、悪意になる。奇魂は智慧、巧みさ、察しのよさを司り、曲霊に転じれば、邪な謀(はかりごと)を巡らす力になる。幸魂は愛を司り、曲霊に転じれば、執着、妄執になる。それぞれの魂の量は持ち主の行いによって、増減する。